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★ 08/05/01・・・ 夏休み特別編
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○○○ ミッシェルのクハラと握手する ○○○
● レッスンを4回も休んでしまった
そう、7月の最終週から8月の最終週までの丸々1ヶ月、ドラムレッスンをお休みしてしまった。もちろんそれはフジロックを始めとするロックフェスティバル&イベントに参加していたからなのだけれど(いや、BBQで休んだってのが1回だけあったが)、いつもならドラムを叩いている時間にちょっとだけ参加したアラバキ・ロック・フェスティバルについてのレポートを兼ねつつ、そこで起こった上記出来事について触れておこうかと思う。
● ARABAKI ROCK FESTIVAL in SENDAI BAY
東北で行われるロックフェスティバル!ということで、東北に故郷を持つ身としては居ても立ってもいられなくなった挙句、神奈川からはるばる参戦したこのフェスティバル、もとい、このロックイベントは、仙台市ではなく、そのお隣の多賀城市で開催されたため、ある意味、富士ロックが苗場で開催されているのと似ているといえば似てないこともないのだが、ミッシェル・ガン・エレファントをメインステージのトリとして、ハイロウズ、スカパラ、ラヴ・サイケデリコ、ライズ、エレファント・カシマシ、鬼束ちひろ、真心ブラザーズ、ジッタリン・ジンなどなど、同時期に開催されていたロック・イン・ジャパン・フェスティバルに負けず劣らずのメンツをお迎えして開かれた・・・・・・・・・・のだが、自分は、早い話、イベントの途中で家に帰ってきてしまったのだ。
毎年のフジロックや、去年のサマーソニックと同様に、会場入りするや否やまたしてもsuzukiくん(=お隣の福島県在住)に会ってしまったこの偶然に半ば呆れながら、彼と一緒に会場外を散策していたところまでは良かったのだが、メインステージ(=屋内会場)がこともあろうか、入場規制されてしまい、お目当てのハイロウズを見ることができなかったのにガッカリさせられてしまった。 この状況を素直に受け入れ、完全に締め切られた入場口の外で素直に列を成しているている人達の姿も信じがたかったのだが、自分もそれに抗議するには至らない小心者なので、仕方なくsuzukiくんと「スーパー・ソニック・ジェット・ボーイ」「青春」などが漏れて聞こえる音を会場出口付近に座っていた。デリコや真心といったでかいメンツが出るのにも関わらず、たったの2000人ほどのキャパしかないセカンドステージもやはり入場規制のオンパレードだし。
ハイロウズの30分ほどのライヴが終ったところで、空きのできたメインステージに入場すると、そこは
なんと20以上はあろうかというブロック分けの嵐。 以前ミッシェル・ガン・エレファントをこの同じ会場で観たときにはこんなたくさんのブロック分けはなかったから、これは明らかに意図的に増やされたブロックなのであろう。 いや、それでも、どのブロックに入るかを自分で自由に選択できるならまだいい。 係員の誘導に従い、「このブロックに入ってください。」と強制されるのだからたまらない。 思いっきり端っこのブロックに誘導され、一緒に連れて行かれた殆どの人が困惑した顔をしている。 思わず、「どうなってんのこれ? 後ろのブロックに行っていいでしょ?」と係員に聞くと、「だめです。多くの人が入場できるよう、ご協力下さい!」とのこと。
・・・・・・・・・ファーーーーーック!!!
そんな回答に聞く耳もたないフリをして、後ろのブロックへ移動。 ・・・すんなり移動できてしまい、係員間の統率がいかに取れていないかが明白になる。 あまりに呆れて疲れがどっと出てきてしまったため、フロアの一番後ろで体育座りしていたら、「ここはだめでーす! ブロックに入ってください!!」と言われてしまった。
余りのバカさ加減に、ジッタリン・ジンが2曲演奏したところでメインステージを退場。そしてそのまま帰りのシャトルバスに乗り、その約4時間後には川崎の自宅に・・・・・。フェス、じゃなくてイベント滞在時間僅か1時間半。観たのはみちのくプロレスとジッタリン・ジン2曲だけ。 1番のお目当てのミッシェル・ガン・エレファントすら観ることなく、自分のアラバキロックフェス、もとい、アラバキロックイベントは、呆気なく終ってしまった。
● キューちゃんと握手
去年の富士急のサマーソニックが、とってもオーガナイズされた、素晴らしいイベントだったように思えてしまうほどのフェス、じゃなくてイベントだったわけだが、ひとつだけ良かったことがあって、それは、このドラム日記に相応しい話題なのだが、ミッシェル・ガン・エレファントのドラマー、クハラカズユキ氏と握手できたことだ。
会場入りするや否やsuzukiくんと遭遇したことは上にも書いた。 その後、飲食エリアに向かうため、彼と一緒にメインステージ前のところを歩いていたら、目の前を背の小さい金髪の人が歩いているのに気が付いた。時々道行く人がお辞儀をしたり握手をしたりしていたので、何だ?誰だ?と思っていたら、それがミッシェルのクハラ氏だということが分かった。「いやあー、トリに登場するバンドのメンバーなのに、こんな人目に付くところを歩いたりするもんなんだなぁ。」と思うやいなや、「クハラさん! 頑張ってください。」と言いながら右手を差し出すと、「おう!」との元気な返事と共に手を握り返してくれたクハラ氏。 ほとんど後ろ向きみたいな状態だったので、彼の表情は窺い知れなかったが、手が痛くなるほどの握力で握り返してきた彼の右手は、やっぱりドラムスティックを長年振り続けてきたことによってできたのであろう無数のタコでゴツゴツしていた。 自分の右手にもちょっとしたタコがあるので、「お、こいつもオレと同じドラマーだな。」と彼が思ったかどうかは知らないが、今の日本のバンドでは1番のお気に入りとも言えるバンドの、そのドラマーと握手できたことは、その時は何てことのないように振舞っていたけど、やっぱりすごいことだなあ、と今頃になって思ったりしている。 それにちょうどその頃、ミッシェルの「G.W.D」と「CISCO」をコピーしようと頑張っていたしね。
このイベントに参加するためのチケット代(6,500円)と旅費(25,000円)は、クハラカズユキ氏との握手代として消えたのでありました。
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Page maintained by: Katsuhiro IshizakiLast updated: 2/ 24/ 01
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