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- Nov 2002 -
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いやー、ビックリした。ほんと、ビックリした。ベン・クウェラーの4曲目のタイトルを見てビックリした。そのタイトル=「コマース、テキサス」って、自分が昔住んでいた町じゃないか。米国南部の誰も知らないような町に住み、数年前までそこにある大学に通っていたのだ。しかし、なんか「町」っていうか、全人口七千五百人しかいない小さな「村」だったもの。綿花と牛を除いてこれといった産業も、他と際立った文化もなく、大学はあったけれども日本人は一人だけ。(業者に騙されて)地元の高校に来ていた唯一の日本人交換留学生は、彼の放課後を大学のキャンパスに出向いて日本人探索に費やすこと1年、ようやく念願の日本人を見つけた挙句、私の胸で涙・涙・涙・・・。
とにかく、地元のカントリーバンドの曲ならいざ知らず、「コマース、テキサス」などという超・超・超マイナーな地名が国際的に活躍しているロックアーティストの曲名になるなんてことはありえない話なので、卒業以来ほとんど連絡を取ることのなかったアメリカ人・・・じゃなくてなぜか台湾とトルコとインドの友人宛に勝手にエキサイティングなメールを送ってみた。でもまあいずれにせよ基本的にロック嫌いな連中なので、「おまえまだ生きてんの? なんでずっと連絡よこさねーんだよ!」という返事しか返ってこなかったんだけどね。・・・・たぶんまたこの先5年ぐらいは連絡を取らないなこりゃ。
「コマース、テキサス」から車で20分ほど北に走ればヴィム・ヴェンダース監督の「パリ、テキサス」があり、10分ほど西に走るとベン・クウェラーの故郷「グリーンヴィル、テキサス」という町がある。路上検定を受け、自動車の運転免許を取ったのがそのグリーンヴィルの町役場だったので、全然自慢にはならないけれども、たぶん自分は少なくとも日本では屈指のベン・クウェラーの故郷=グリーンヴィル通と言えるだろう。 こりゃ「マンチェ通」とか「グラスゴー通」とか「マンハッタン南エリア通」とかよりもかなりサウンズ・ベターかも。鳴りの悪いインドネシア製のアコギを買ったのもグリーンヴィルだし、眼科医の専門用語が一言も理解できずにただ頷いてばっかりいたので、想像以上にきつい度の入ったメガネが出来上がってきたのもグリーンヴィルだった。もちろん買った店の名前も言えるぞ。でも一番の買い物は、グリーンヴィルのビッグウォールマートで購入した、ラディッシュというバンドの「リストレイニング・ポット」というアルバムかもしれないなぁ。「地元グリーンヴィル出身のバンド!」とは書いてなかったし、自分がどういう経緯でこのバンドのことを知ったのかも覚えてないのだけど、買ってみたらスリーピースのグランジーなロックバンドの音は結構ツボにハマった。というか隣の町から出たロックンロールバンドが、メジャーからデビューし、マドンナやコートニー・ラヴにも気に入られ、レディングやリーズみたいなでかいフェスにも出ている、ってことだけでやっぱりメチャメチャ興奮していた。だってこの辺には牛と綿花とカントリーしかないと思っていたから。
でも残念だったのは、ロラパルーザツアーに同行されたラディッシュが、地元テキサスのロラパルーザには来てくれず、結局自分が帰国するまで彼らのライヴを1度も見られなかったことだ。そしてその後いきなり彼らの消息は途絶えてしまう。ツアーはもちろんのこと、曲すら出る気配はなく、ファンサイトの更新もストップしてしまい、彼らの新しい情報を全く入手できなくなってしまった。フジロックのホワイトステージにいきなり出演決定?!と思ったらそれは日本の「レピッシュ」だったり、今年に入って日本でデビューアルバムを出した!?と思ったらそれはアイスランド出身の「レリッシュ」だったりと、紛らわしいこと然りだったのだけれど、つい先日いきなり本物の「ラディッシュ」の名前を、とある音楽雑誌の中で見つけてしまう。ベン・クウェラーのメジャーソロアルバム発表に伴うインタビュー記事を読んで初めてラディッシュ解散の事実を知ったのだった。 写真で見る今現在のベンは、ラディッシュで15歳の時にメジャーデビューした時のボサボサグランジなスタイルと全然違い、小洒落た専門学校生みたいな佇まいなので全く気が付かなかった。もし今のスタイルで田舎に帰省したりしたら、当時の友達は絶対に彼がベンだってことに気が付かないだろうな。
日本人を探して大学のキャンパスを日夜さまよっていた高校生と同じぐらいの歳のベンなのに、テキサスからニューヨーク、そしてマサチューセッツへと自分の意志で移り住み、自分で曲を書き、酒臭いクラブで演奏してきたんだよな。
「では、10年後はどんなミュージシャンになっていたいと思う?」
「(前略)例えばニール・ヤングは最高のお手本だね。非常に長いキャリアの中で色んな段階があって、その時々で違ったサウンド、違った音楽性の作品をクリエイトしている。そんな風に僕も進歩し続け、発展しつづけていけたらと願ってるよ。これから先、僕の音楽がより複雑になったりトリッキーになったりするとは思わないけど、様々な経験を積み重ねていくことによって、その時の自分を反映させたドキュメンタリーになっていくんじゃないかな。自分の望む音楽を作りつづける自由を手に入れることができたらいいな、と思ってるよ。」(クロスビート誌・2002年10月号より)
彼よりも10歳ぐらい年上の自分だけど、確かに自分が将来何をやりたいのか、もしくは何をやれるのかは全然分からなかったけど、経験の積み重ねによって自分が望むことをやるための自由は手に入れてきたような気がする。 家に引き篭もったり、学校を留年してフリーターの先がけみたいになったり、いきなりテキサスの超田舎に行ったり、ベンがグリーンヴィルを離れた同じ頃にそのテキサスを離れて、日本の実家も離れ、東京に出てきて働き始め、何度か転職したり・・・って感じで、ベンみたいにアーティスティックなものをクリエイトしてきたわけではないし、彼が経験する苦労と苦悩とは比較にならないぐらい小さなレベルだけど、その時々で違ったことをやってきた10年だったと言えるかもしれない。自分が20歳の時、その10年後に今のような仕事をやっているとは想像もしていなかったけど、それはこれまでの経験により色々選択肢が広がる中で自分が選んだものだからそれでいいのだろう。そしてさらに今から10年後に、どんな経験を積んだ自分がいるのだろう。もちろんそれは自分にも分からないし、ベンにも分からないよな。
ベン・クウェラーのソロアルバム「Sha Sha」を購入して、「コマース、テキサス」という曲を知った。そしてその「コマース、テキサス」はメチャメチャかっこいいポップロックソングだった。タイトルとは全く関係のない歌詞といい曲調といい、なんでこれが「コマース、テキサス」ってなの?テキサスにはもっとたくさん町や村があるじゃない。それに歌詞の中身から、「フィニッシュ・ライン」とか「ルック・インサイド」とかもっとクールなタイトルを付けた方がいいんじゃないの?とか思ってしまう。でもなぜ「コマース、テキサス」という曲名にしたのか、それは彼なりに理由はあるのだろう。自分はそこのところが知りたい。もちろんそれはもしベンが来日する機会があったら、直接彼に会って「なんで『コマース、テキサス』ってタイトルにしたの?」という質問を投げてみたい。案外テキサス訛りも抜けてなさそうだからそれもチェックしたいな。
しかし皮肉なことに、自分がシカゴとミルウォーキーを旅行していた9月に、逆にプロモ来日してしまったんだよなこれが・・・。
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Send comments to: Katsuhiro Ishizaki.Last updated: 11/05/02
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