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- June 1999 (1) -
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ハイロウズからの純粋なファン、って存在するのだろうか?
彼らのLIVEに行って、モッシュの渦の中にもまれながらそんな事を考えてしまった事がある。
自分の目には、
「こいつら騒ぎに来ているだけじゃないの?」
としか移らなかったのだ。
ハイロウズといえば、ノリのいい、とりあえずストレートなバカなロックを
提示しているだけのイメージがある。
それはそれで良いんだけれど。
ハイロウズのロックを聞いて、人生って変わるの?
そんな疑問が残る。
自分に問いただす。
答えなんて出るはずがない。
自分は、ブルハの時代からずっと聞いているファンだ。
彼らの1曲1曲ごとに、いろんな思い出が詰まっている。
「終わらない歌」で泣き、「レストラン」で笑い、「チェインギャング」で叫び、「TRAIN−TRAN」で暴れ、「1000のバイオリン」でさらに泣いてしまっているのだ。
だから、自分は彼らの音楽を聞きつづけていく。
もう決めたんだ。
さて、ハイロウズの4作目にあたる『バームクーヘン』だ。
彼らは↑THE HIGH-LOWS↓、というバンド名だ。
何を今更、なんだけど。
これまでの彼らの提示してきた『ロック』は、
'HIGH’なものばかりである。
これは紛れもない事実だ。
いつが、‘LOW’の面を出すんじゃないか?
とずっと思っていた。
『バームクーヘン』では別に、‘LOW’な曲を出しているわけではない。
しかし、少しずつ変化して来ている印象を受ける。
このアルバムから、マーシーがヴォーカルを取る曲が復活したのがうれしい。 あのしゃがれ声とブルース、ずっと待っていた。
そして、詩のキレがあいからわず良い。
自分のイメージを、銀河系の彼方までぶっ飛ばしてくれる。
‘枯葉のような船で/幽霊船に会った/そしてもう戻らない/もう二度と戻らない’
「ハスキー」(欲望という名の
戦車)
‘ブルーベリーヒルの上/スリルを見つけたぜ/あきらめる度に/何かが死んでいく’
「チェンジングマン」
‘なんでいつも見送る側は 所在なく立ちつくすんだ
なんでいつも見送る側は ただの風景になるんだ
なんでいつも見送る側は 照れ笑いとかしちゃうんだ
なんでいつも見送る側は’
「見送り」
これまで「剛速球勝負」しかしてこなかった、ハイロウズ。
やっと持ち玉の一つの「チェンジアップ」を投げてきたかな、という感じ。
さて、決め玉は、なんだ?
(text by れいく)
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Send comments to: Hisao Mizukai.Last updated: 6/15/99
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