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シカゴ&ミルウォーキー旅行記


2002年9月に、ローリング・ストーンズ、ポール・マッカートニー、エアロスミス、クイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジらのライヴを観るためにアメリカのシカゴとミルウォーキーを旅したわけですが、ライヴ以外の時間はレンタカーであちこちフラフラしていました。その時に撮影した数少ない写真を紹介すると共に、その時に自分が感じたこと経験したことなどを書いておきたいと思います。


シカゴ編
まず移動手段と宿
シカゴの地下鉄=メトロ
ミシガン湖とミュージアム巡り
チェススタジオ
ホワイトソックス戦で暴漢が現る!

ミルウォーキー編
ミルウォーキーってどこよ?
ウェインズワールド
新庄とボンズのジャイアンツ戦


■ シカゴ編

・まず移動手段と宿

上の写真はシカゴのダウンタウンを南の方向から撮影したものだ。レンタカーの中から撮影したものなのだけれど、シカゴのオヘア国際空港でレンタルした車というのが、超ダサダサのクライスラーのコンパクトカーで、「話ちがうじゃん!」とか思っていた。デザインし損ねたフォルクスワーゲンみたいな茶色い車で、コンパクトなくせにガソリンは食うし、「日本じゃこんなに絶対に売れない!」とか思っていたのだけれど、日本に帰ってきてビックリ。どうやらこのダサダサの車が、日本でも発売されるらしい。ストーンズもカバーした「ルート66」がBGMになっているこの車のTV CMを見るたびに笑ってしまうのだが、自分はこの車の購入を絶対にお勧めしません。ドアを少し開け放しにしていたらいきなりけたたましい音でサイレンが鳴り出し、全然止め方が分からず、顔面蒼白で超あたふたしたことも思い出す。あれはやばかった。

ユナイテッド航空の直行便でシカゴ入りしたのだけれど、ビジネスクラスの席がオーバーブッキングされていたようで、「エコノミー席に移って下さる方を探しています。300ドルの現金とその他もろもろのサービスをお付けいたします。」とアナウンスしていたのだが、それでも名乗り出てくれる人がいないので「じゃあ400ドルあげますのでお願いします。」と値上げしていたのには笑った。

しっかしアメリカの航空会社のフライトアテンダントというのは、どうして日本語を一言もしゃべらないのだろう。日本とアメリカの直行便ならば当然日本人は乗る訳だから、サービスとして日本語で挨拶したりするのは当然のことだと思う。国際線のフライトアテンダントのくせに、人が困っているのに英語でしか話さない、もしくは話せない、というのはちゃんちゃらおかしい話だと思う。もし他航空会社との差別化をはかりたいのなら、日本語でのちょっとした会話ぐらいマスターさせるべきであろうに。 米国の航空会社というのは、「日本の航空会社よりも運賃が安い。」ということ以外のメリットが何もなく、それどころか、「英語ができないから」という日本人客をみすみす逃しているような気がするんだけど。

とまぁそれはともかく、移動手段は、往復はもちろん飛行機だったけど、シカゴ←→ミルウォーキー間の移動はもっぱらレンタカーだった。アメリカを旅行するなら、安全性を考えてもレンタカーは必須だと思う。格安の旅行として、グレイハウンドバスでの移動を勧めている旅行マニュアルなどもあるけど、トータルで見ると絶対にレンタカーの方が安いし、重い荷物を運ばなくてもすむし、何人乗っても値段は同じだし、好きなところに好きな時間に行けるし、飯は適当にどこででも食えるし、わざわざ高いダウンタウンのホテルに泊まる必要もない。 ホテルといえば、自分が泊まったのはひたすら安モーテルだった。入国審査でひっかかるといけないということで、日本国内から予約していったのは初日だけで、あとはすべて安モーテルチェーンの代名詞=モーテル6に直接行って泊まった。宿泊代は平均して1泊40ドル(=約5,000円)ぐらいだった。インターネットで予約していくと15%ぐらい割引になる場合があるので、アメリカにいる間もネットに繋いで積極的に活用した。シカゴのダウンタウンに宿泊すると、1泊150ドル(=18,000円)ぐらいはザラだから。


・シカゴの地下鉄=メトロ

シカゴに到着するや否やいきなりローリング・ストーンズのスタジアムライヴがあった。詳細はライヴレポートを見ていただくとして、会場となったコミスキー・パークは、MLBのシカゴホワイトソックスの本拠地で、ダウンタウンから約10マイルほど南に離れたところにあった。さすがアメリカの球場だけあって、駐車場への誘導はスムースだったが、そこから出るのが地獄で、抜け出すのに1時間ほどかかってしまった。

その後、シカゴを離れてエアロ、マニー・マークのライヴを見たのだが、再びシカゴに戻ってきたのは、その3日後のローリング・ストーンズのクラブギグを見るためだった。写真とかはライヴレポートのところに添付してあるけど、この時は会場までは車で行かずに、ダウンタウンに入る手前で車を駐車し、そこから電車で会場まで行くという、いわゆる「パーク&ライド」を利用した。なぜならば会場の周りには車を駐車できそうなところがなかったし、万が一渋滞とかにハマって時間に遅れることだけは絶対に避けたかったからだ。駐車したのはダウンタウンから北西に15マイルほど行ったところで、ライヴの会場となったところはダウンタウンから北に10マイルほど行ったところ。 直通の便はないので、シカゴの電車=メトロ(METRO)をダウンタウンで乗り継ぐしかない。行きはまあ良かったんだけど、帰りは深夜の地下鉄を乗り継ぐことになり、乗り継ぎの電車を待っている時にはやはりちょっとだけヤバイ感じがしたけど、車で事故る率と、電車で犯罪に遭う率を較べたら、当然前者の方が高いわけだから、そんなに心配はしてなかった。 電車自体はかなり快適で、「ディス・イズ・駅名!」としっかりアナウンスがあるので、降車駅を間違うようなミスをすることもなかった。


・ミシガン湖とミュージアム巡り

ストーンズのライヴが一通り終ると、ようやく観光らしいムードになってきた。まずダウンタウン周辺を適当に流してみようと思い、地図も見ずに適当に走ってみた。

そしてダウンタウンの東側を走っているとミシガン湖が見えてきた。右の写真の正面から右の方にうっすらと写っているのがミシガン湖。気温がまだ20度を越えるぐらいだったので、湖岸ではビーチバレーに興じている人達の姿も見えた。湖なのにきちんと波の立っており、ほんとまるで海のようだったわ。

シカゴの目玉のひとつがシカゴ美術館。アメリカの三大美術館のひとつといわれているほど質・量ともに素晴らしいのだが、筆者はすでに、その3つのうちの2つ=ニューヨークのメトロポリタン美術館とボストンのボストン美術館は訪れたことがあり、このシカゴ美術館を見ることで、全米三大美術館を制することになるのだった。

ボストン美術館ほど圧倒されるような規模はないけれど、超名画揃いの展示物にはひたすら圧倒されてしまった。美術館全体を埋め尽くす、ゴッホ、モネ、ルノアールらの絵画は確かに素晴らしかった。でも自分がもっともお目当てとしていたのは、ピカソの「老いたるギター弾き」だった。かつてピカソが不遇だった時代にスペインで描いたというこの作品のレプリカを自分の部屋に飾っていたほど好きな作品だったのだが、新しいキャンバスを買う余裕もなかったピカソが、女性の肖像画の上に本作を重ねて描いたというだけあって、ギター弾きの横にその女性の顔がうっすらと写っている。 そしてそれを生で確認できたのが最大の収穫であった。そんでもってまたこの絵がほしくなってしまったよ。他にホッパーの「ナイトホークス」はやはり素晴らしかったし、北斎のコレクションのいずれも素晴らしかった。

それからミッドタウンのライヴレポでも詳しく書いたけれど、ダウンタウンから南に15マイルぐらい南にある科学産業博物館も素晴らしかった。しかしこの博物館を堪能するには、丸1日、できれば2日ぐらいはほしいなぁ。 メチャメチャ面白そうなアトラクションが多いし、いろいろ説明書きなどを読みながら全体を見てみたかった。 自分は3時間ぐらいしかなかったので、タイタニック号のアトラクションとオムニマックスシアター(=高さ23メートルの半円形のドームスクリーン!)を駆け足で見るのが精一杯だったのが残念。 閉館が午後4時というのも早すぎる。


・チェススタジオ

さて、シカゴといえばブルースの街である。ローリング・ストーンズが若かりし日に最も影響を受けた のがシカゴブルースであり、60年代にシカゴを訪れた時には、シカゴのチェススタジオで曲を録音したこともある。

チェス・スタジオとは、ブルースの巨人=マディ・ウォーターズ、ハウリン・ウルフ、ウィリー・ディクソンらのレーベル=チェス・レコードのレコーディングが行われたという、ロンドンのアビーロードスタジオ(=ビートルズ)やメンフィスのサンスタジオ(=エルヴィス・プレスリー)に次いで有名なレコーディングスタジオである。ローリング・ストーンズも、このスタジオを訪れた際、ここのアドレスをそのままタイトルに冠した「2120 South Michigan Avenue」というインストナンバーを録音し、「12x5」というアルバムに収めた。

そのチェススタジオは、ダウンタウンから数マイルほど南にあったのだけれど、よく見ないと気が付かないほどマイナーな建物だった。ツアーで中を見せてくれたりもしているのだが、自分の行った日はそのツアーは行われていなかった。そしてその横には小さいオープンエアーのステージがあって、自分の行った日はここでシカゴ在住日本人ギタリスト=菊田俊介氏のライヴがあるはずだったのだが、いつ始まるかまったく分からず、なおかつ夕方以降何度ココを通ってもライヴが始まる気配がなかったので、結局諦めて、そのまま野球を観に行ってしまった。

しかしやはり黒人ブルースの聖地だけあって、このエリアにはほんとに黒人しかいない。すぐ近くにチャイナタウンがあるのだけれど、それでも自分みたいな東洋人がこのエリアをうろついているとものすごく目立ってしまう。そんなに危険なエリアという感じはしなかったけど、ダウンタウンとは全く違うシカゴの顔をここで見ることができた。


・ホワイトソックス戦で暴漢が現る!

アメリカといえばやっぱりメジャーリーグ野球を見なければなりません。自分はこれまで、テキサス、バンクーバー、トロント、ボルチモアでメジャー野球を観ていて、今回もライヴと同じぐらい楽しみにしていたイベントだった。

地元ホワイトソックスとカンザスシティー・ロイヤルズとの一戦だったが、自分は当日券で一番安いチケットをゲット。スタンドはメチャメチャ空いていたので、チケットの席番号に関係なく、色々なところに座って野球観戦。 こないだストーンズを観た会場でメジャー野球を観ているという幸せを実感しながら観ていたのだが、試合自体は良く言えば投手戦、悪く言えば貧打戦でまったく面白みにかけており、なおかつ身分証明書(=パスポート)を持ってくるのを忘れたのでビールも飲むことができず(・・・野球場といえども売り場では必ず写真付きIDを見せなくちゃならない。)、半分あくびしながら野球を観ていた。日本人選手もいないしね。

9回表になり、さぁ帰ろうかなぁと思っていたら、突如として乱闘が始まった。いや正確に言うと、人が突然走ってきて、ロイヤルズの選手達だけがその人を追い、やがて団子状態になったという感じ。 ロイヤルズの選手が蹴りを入れている姿が大型スクリーンに映ったりしていたので、傍目に見ると完全に乱闘だったので、「あぁ、乱闘か! 貴重だな!」と思いながら眺めてたんだけど(・・・以前ボルチモアでも乱闘観戦経験あり。)、後日、インターネットで日刊スポーツのホームページを見てビックリ。 刃物を持った親子2人がスタンドからグラウンドに入ってきて、ロイヤルズのファーストコーチャーを襲ったらしい。だからロイヤルズの選手しかその「乱闘」に加わってなかったんだぁ、とその時始めて分かった。 標的になったロイヤルズのコーチには申し訳ないけど、これこそまさに貴重なものを見せてもらったなという感じ。 だけどシカゴってやっぱり怖ぇ〜〜〜。

そういや野球といえば、Midtownを見たライヴハウスMetro近くにあるシカゴカブスの本拠地=リグレー・フィールド側のマクドナルド駐車場に佇んでいたときの光景を思い出した。リグレー・フィールドは、本当に街の中にある球場という感じで、商店街なども軒を並べる中に忽然と立っているのだが、そのサミー・ソーサを生み出したそのリグレー・フィールドのすぐ横の汚い路地で、少年達が野球に興じていたのだ。たくさんの車がものすごい勢いで走る中で、彼等は野球をやっていた。 将来、メジャーリーガーになって、絶対にあの球場で野球をやるんだ!というオーラがひしひしと伝わってきて、かなり感動してしまった。 こんな子供達がメジャー野球を支えていくのかと思うと、アメリカのプロスポーツってやっぱりすごいなと思ってしまった。



■ ミルウォーキー編

・ミルウォーキーってどこよ?

シカゴから北に約90マイル(=約140キロメートル)ほど車で走ったところにある街がミルウォーキー。シカゴはイリノイ州にあるが、このミルウォーキーはその北のウィスコンシン州に属している。

自分は結局トータルでシカゴ←→ミルウォーキー間を3往復してしまった。これもすべてライヴの予定が2つの都市で交互に組まれていたからなんだけれど、お陰で退屈な田舎のハイウェイを何百キロも走ることになってしまった。 途中でシカゴ最大級のショッピングモールに行ったりもしたが、本屋でストーンズ本とオアシス本を、GAPでセーター1枚を購入しただけだった。

ミルウォーキーといえば、「ミュンヘン、札幌、ミルウォーキー」という言葉もあるように(・・・ふるっ!)、ビール、特にミラービールで有名なところなのだが、ビールは結局一滴も飲まずに帰ってきてしまった。

ミルウォーキーでノンビリ見られたところといえば、やっぱりミシガン湖ぐらいかなぁ。別に水フェチとかいうわけじゃないんだけど、ミルウォーキーの郊外にすごくリラックスした場所があったので、ダウンタウンの地図など広げながらしばしのんびりしてみた。現地の人達がBBQをやっていたり、すぐ近くの教会では結婚式が行われていたりと、なんだかシカゴの喧騒がウソのような光景がそこには広がっていた。 適当に車で走っていたらたどり着いた場所なので、これもレンタカーを借りなければ出会えなかった景色だよなぁ。


・ウェインズワールド

自分の最大のお気に入り映画のひとつにマイク・マイヤーズ主演の「ウェインズ・ワールド」がある。シカゴ郊外のオーノラという街(=実在)に住むロック大好き少年=ウェイン&ガスが、アジア系ガールフレンドと自分達のケーブルTV番組とを巡って大物レコードプロデューサーとドタバタを繰り広げるというコメディ映画である。 その劇中にアリス・クーパー(=本物)が登場し、「ミルウォーキーの語源を知ってるかい? かつての住人のミリワケという言葉から来てるんだよ。」と言うのだが、ミルウォーキーといえば、個人的にはアリス・クーパーであり、ミリワケであるのだ。残念ながらアリス・クーパーのミルウォーキーライヴは翌月だったので観ることはできなかったんだけど、ミルウォーキーでクイーンズ・オブ・ザ・ストーン・エイジのライヴを観て帰る途中、「アリス・クーパーだよ! アリス・クーパー!」と言いながらフライヤーを巻いている人達がいて、ちょっとだけ感動した。

さらにその劇中には、主人公のウェインとガスが、アリス・クーパーのライヴを観るためにシカゴからミルウォーキーにドライブするシーンがある。 きっと今自分が走っているハイウェイを彼等も通ったに違いないと思うと、つい「パーティーオン!」と叫んでしまうのであった・・・。


・新庄とボンズのジャイアンツ戦

ポール・マッカートニーのライヴがあったので試合自体は1時間しか見られなかったのだが、地元ミルウォーキー・ブリューワーズとサンフランシスコ・ジャイアンツの試合が、ミラー・パークというミルウォーキーの野球場で行われていたので観に行った。駐車場に車を止めるや否や、周りではBBQが始まり、「用を思い出してすぐに帰らなくちゃならなくなった人がいても、その人は駐車場から出れないね。」などと思ったりもした。

1時間しか見られないんだから、どうせなら早く行って練習を見ちゃおうと思って、試合開始2時間前に野球場に入った。 サンフランシスコ・ジャイアンツといえば・・・そう新庄がいるあのジャイアンツである。 なおかつ昨シーズン、70本以上のホームランを打ってしまったあの世紀のホームラン王=バリー・ボンズもいるジャイアンツである。ボンズは以前モントリオールでも見たことがあるのだが、あの頃よりも彼の腕も名声も上がっており、もう今や世界で最高のバッターと言っても過言ではないだろう。

でやっぱり当日券を買って場内に入ったら、ちょうどサンフランシスコ・ジャイアンツが練習をしているところだった。特にスタンドには係員もいなかったので、ジャイアンツのダックアウト裏の最前列で練習を見ていた。すると右の写真にあるように、バリー・ボンズが目の前を走って行った。ジャイアンツにとってはアウェイの試合ではあるが、さすが天下のホームラン王。彼が目の前を通るたびに、「バリー!!」という声があちこちから上がっていた。(・・・「バリー」というより、発音としては「ベァリー」の方が近い。) サインボールを持っている少年達の目はみんなキラキラ輝いていて、なんか自分の小さい頃を思い出してしまった。 選手の多くが結構気軽にサインとかに応じていて、投げ込まれるサインボールに次から次へとサインをしていたのが印象的だった。

そして新庄だ。やっぱりこの男もサインと握手に応じていた。それも誰よりも気軽にサインに応じていた。そしてこんな時に限ってペンもノートも持ってきていない俺は本当にバカだった。この旅行ではこういったポカが非常に多く、マニー・マークと直接話した時も、カメラもペンも持っていっていなかった。

新庄はやっぱり英語が話せないらしく、身振り手振りでチームメートとコミュニケーションを取っていた。 でも通訳の人はほとんど傍らにいなかったので、何とか自分でやろうとしてるんだな、と見受けられたのが救いだったかな。 それにしても新庄を追う日本人報道陣の多さにはビックリした。 敵地なのでジャイアンツ側にはほとんど報道陣がいないはずなのに、なぜか日本人カメラマンだけが7、8人いたのでメチャメチャ目立っていた。 それにはチームメートも異様に感じているに違いないけど、一番嫌に思っているのは、そんなに日本の報道陣がいるのに、なかなか結果を出せない新庄自身なんだろうな、と思った。

バッティング練習が独特で勉強になったり、グローブを持った少年達が、ホームランボールを追うために外野席をキャーキャー叫びながら走り回っているのに苦笑したり、練習を見ただけで今日のチケット代(=12ドル)の元を取ったような気がした。

試合ではボンズがいきなりセンター前タイムリーヒットを打ったりして盛り上がっていたが、結局新庄は試合に出なかったので、彼を目的にここに来ていたらちょっと物足りなかったかもしれないな。

1回のブリューワーズの攻撃が終った時、突然、場内アナウンスとともに、ガンズ&ローゼズの「パラダイス・シティー」が球場に大音量で流れ始めた。スコアボードにも「"PARADISE CITY" by Guns N' Roses 1987」と表示されていたのを見て、自分はひとりで大盛り上がり、かなと思えば、前にいた少年たちもハイタッチをしながら盛り上がっていた。 それにしてもこの球場では試合前からエアロだのフーファイだのウィーザーだの、自分の好みのロックがかかりまくっていていたのだけれど、これにはなんか理由があるのかな? やっぱウェインズ・ワールドの街だからかな?

そしてボンズがフォアボールになったのを確認して席を立ち、シカゴ・ミルウォーキー旅行の最後のイベント=ポール・マッカートニーのライヴ会場に向かったのであった。



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Last updated: 10/13/02